(2024年10月にThreadsで発信しました内容のまとめに加筆しました)
90年代。山本耀司のコレクションのためにファブリック開発をしていました。当時、耀司さんは世界のファッションビジネスで最も影響力のあるクリエイター。その凄まじさ。今でも顧みるわたしの生地開発の原点。すこし書き残しておきたいと思います。
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当時耀司さんにはNさんという、それはそれは才能に溢れたクリエイターが片腕というべき仕事をされていて、その方が生地開発のオーガナイザーとしても機能を果たされていました。Nさんが、生地開発に参画してくれる各メーカーを適時に巡回して、まず起点となる素材情報を収集します。それは、全国各地の産地を巡る旅でもありました。お人柄の良い方で、メーカー各社は信頼を寄せていました。
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Nさんは耀司さんが構想するコレクションのテーマを、実際のファブリックに具現化する役割なのですが、それは「イメージ」であって、綿とかウールだとか、フィジカルな素材を指し示すものではありません。このイメージを綿であれば、こういったマテリアルを、ああいったアプローチで…そんな手探りで、まさに「ゼロからイチ」を作り出す作業です。
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そのテーマを実現するには、どのマテリアルが最適なのか?試行錯誤を長期間要する、ある意味気の遠くなるような丹念な、でもコレクション日程を意識した急務な作業でもありました。その作業に根気よく付き合えるメーカーでしか、対応が出来ません。採用された後、サンプル生地を作成する時間が、本当に短いのです。
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わたしの場合、海外で開発された原糸のサンプルブックからスタートしました。ひとつひとつ吟味しながら、最適な銘柄を抽出して、いくつかの生地規格に載せ、見本を作成します。そ
の時に、耀司さんのこだわりを垣間見た気になりました。それは、「全て単糸」で設計する。なぜか?「原料の素の味わいを引き出すため」です。
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織物を単糸で設計して生産する…
実は素材によっては極限的に困難なことなんです。
たとえば、ウール梳毛は単糸で織られることは、ありません。すべてほとんど双糸で設計されます。でも、耀司さんはウール単糸で作られました。それが耀司さんのメイン素材にしてレジェンド素材「ウール単糸ギャバジン」生地です。
開発に携わった方々のものすごい苦労があったこと、想像が出来ます。手にしたことがありますが、その素材の美しさ、ドレープ感、張り感、仕立て映え(縫製はきっと難しかっただろうなぁ)、他と比較が出来ないほどでした。
注)もしかしたらギャバジンとトロピカルがあったかもしれません
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わたしの話に戻します。Nさんが「これだね」と選ばれた原糸は、イタリアのリネン紡績が当時最新素材として復活させた「Canapa(カナパ)」という糸。これはイタリア伝統の方法で紡績されたヘンプ100%糸(大麻糸)です。
ここからは、自分自身で耀司さんのコレクションを(勝手に)想像しながら、設計を検討します。Canapaは、すこし紡毛糸のような素材感なので、粗いキャンバスの密度感で素材感を生かしながら、糸はデラべ染(中白ムラ染)にして、シャンブレー。経緯糸が微妙なコントラストを生み出して、深みのある発色を狙いました。
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その後耀司さんのコレクションのため、ファブリックのセレクションが始まります、全国各地から有数のメーカーが当時のオフィスに集合します。そして5組くらいメーカーとNさんとで検討会。それぞれメーカーは当時の最新の技術や伝統技術など様々なアプローチで仕上げたファブリックを提案し説明します。
一般的に、日々は業界における競争相手のメーカーなのですが、この時は様々な意見を出し合って、さらに発想や技術を向上できるように遠慮なく議論しました。その情熱溢れる現場にいたことは、忘れることは出来ません。
みなさんが持っていらっしゃる日本の織物は本当に凄いものばかり…いつもゾクッとして身震いしました。耀司さんのコレクションを支えている日本のファブリックメーカーって凄いぞって、誇らしげになりました。
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さてわたしの「Canapa」のファブリック、どうなったでしょうか?残念ながら山本耀司コレクションには採用されませんでした。コレクションのテーマが変化して、方向性が変わったことが原因です。
けれど、幸いなことに「Ys(ワイズ)」での採用が決定しました。コレクションでは使わないけど、ワイズで使うよって言うのが、耀司さん/Nさんのはからいで心意気でした。ありがたいことに、大きな発注となって嬉しい結果となります。
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でもそれで終わりません。当時Ys(ワイズ)には、耀司さんが開発された最先端の日本製ファブリックが溢れかえっていたことは広く知られており、それを求めて他社アパレルがアプローチをしてくるのです。
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Canapaは、翌年にジルサンダーに採用されました。その翌年には、プラダがモディファイした素材を発注してくれました。つまり1年目山本耀司、2年目ジルサンダー3年目プラダといった順番で採用されるというメーカーにとっては、これ以上無い好循環をもたらしていくのです。なので、メーカーのみなさん開発に力を入れていた側面があります。
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このプロセスによって、日本のファブリック開発は各産地で技術を研鑽し、アップデートしながら開発を進めて、山本耀司というクリエイターを通して、日本のファブリックを、縫製技術を、世界に知らしめる結果となったと思うのです。1990年代の出来事。今でも耀司さんにリスペクトが絶えません。
「イメージからファブリックを、ゼロから想像する」。こういった事に時間と手間をかけられた豊かなクリエイティブ時代がありました。でもそれこそが、日本の技術の叡智の結晶であり、本物の「Made in Japan」品質だったように思います。果たして現代の私たちの「日本製」である誇りは、何を源泉とすることが出来るのでしょうか。私たち自身は顧みながらも、今後も開発に挑戦していきたいと思っています。
「イメージからファブリックを、ゼロから想像する」。こういった事に時間と手間をかけられた豊かなクリエイティブ時代がありました。でもそれこそが、日本の技術の叡智の結晶であり、本物の「Made in Japan」品質だったように思います。果たして現代の私たちの「日本製」である誇りは、何を源泉とすることが出来るのでしょうか。私たち自身は顧みながらも、今後も開発に挑戦していきたいと思っています。
(了)
追記)実は「Canapa」は時を経て、素材も変遷するのですが、経糸が細くて、緯糸が太いグログラン調のサーフェイスは、現在のプラダのバッグコレクションに名残を見ることができます。